2007年10月30日
多良間八月踊り
多良間島で記念誌を出すらしい。寄稿依頼があったのでとりあえず下のような文章を書いた。
多良間島が見えてきた。飛行機が高度を下げ、車輪が出てきた。台風の猛烈な雨が、黒いタイヤを濡らし、しぶきを叩き付けている。揺れが激しくなる。すると飛行機は脚を引っ込め、また上昇を始めた。おーい、やはり宮古島へ引返すつもりか。5分後、舞い戻って無事に着陸。乗客はわが文化経済フォーラムの一行9人を除けば島民ばかり。この日はフェリーは欠航、飛行機も飛ばなかった。
前日のこと。同行したフォーラムメンバーと協議。台風が接近している。明日飛んで帰って来れなかったどうしよう、行くべきか行かざるべきか、ザットイズザクエスチョン(それが問題だ)。とハムレットのような悩みを全員で口にした。激しい雨が窓を叩き、重苦しい雰囲気。多良間島出身のフォーラム会員・本村氏が言った。「皆様が行かなくても、私は行きます。行かなければ男がすたる。」このサプライズ発言に、全員が雷に撃たれたようなショック。実際に窓の外では稲光も炸裂していたようだ。この言葉で多良間行き決定。ところが次の日、本村氏は「そんなこと言いましたか」。全員二度目のショック。
黒い雲が動き、時々激しい雨が降る。遠くから三線の音が聞こえてくる。仲筋の舞台稽古だ。中央に30代後半と思える男性が座って謡いのような調子で言葉を発している。明日は仲宗根豊見親に扮する予定の男性だ。だが今は青い作業服。重々しい声が響く。
「与那国の鬼虎は己の武勇を頼み、王命にそむき、悪欲をほしいままにしている輩である。尚真王より名刀冶金丸をいただき拝命したので、早急に村々の豊見親勢を糾合し、与那国征伐の謀をせねばならぬ。」
村の文化財保護委員会がまとめた「たらましまの八月おどり」によれば、これは1522年のこと。鬼虎は過酷な穀税に反発し、義兵をあげた。時に25歳。豪勇をもってなり、島の首長であった。与那国征伐に向かった仲宗根勢は1200人。二人の美女と酒で鬼虎をおびきよせ首を斬ってしまう。これではどちらが「悪逆無道」か分からない。しかし歴史は常に勝者の側だ。周りには古老たちが泡盛を飲みながら鑑賞。「足の位置が違う」などと演技に注文を付けている。
次の日、残念ながら仲筋の踊りは台風で中止。こちらも一日飲み会に切り替わる。
翌日は塩川の踊りだ。準備OKを告げる三線の響きが島内に流れる。ウキウキした気分になる。舞台のあるピトゥマタ御願所へ行くと、強風で葉っぱが座席に散乱している。片付けてやや時間遅れでスタートすることになった。その時本村氏より再びサプライズ発言。「先生、人が足りないから出ませんか」。私のモットーは「幸運の女神は前髪をつかめ」「君子危うきに近寄る」「火中の栗は拾う」。チャンスもリスクも合わせ飲む豪放磊落な性格、と言えば聞こえは良いが要するにおっちょこちょい。「出ます、出ます」と二つ返事。本村氏は20年ぶりの帰島らしい。練習で舞台を回っていると、観客から「あれはオーギイの息子か?」と声が上がる。オーギイとは青髭のこと。黒い髭の山羊を父上が島に持ち込んだ。村人は、黒を青と呼んでアオギイ→オーギイという屋号になったそうだ。
塩川の踊りはまず獅子が舞い踊る。その後、俵かつぎと呼ばれる場面。豊年を祈願して俵、大芋、酒壷を持った面々が登場する。私は鉢巻を巻き、着物を着て、長いウージ(砂糖キビ)を持った。舞台の袖で待機した私の姿を見て、中野氏が笑っている。文化経済フォーラム事務局長で多良間ツアーの企画者だ。腹が出すぎて着物が合わず、出演のチャンスを逃した。惜しい。この踊りは国指定の重要無形民俗文化財なのだ。出演者は全て無形文化財として、年金が毎月50万円保証される、という噂だ。(信じてはいけませんよ)
出番が来た。私の後ろにいるフォーラム会員の小林氏も急遽頼まれたエキストラ、その後ろも茨城から来た獣医さん。全員が多良間も八月踊りも初めて。素人集団が先頭に合わせて左足を30㎝ほど上げる、そして1、2、3、4。再び足をあげて同じように進む。足の運びが間違っているのかもしれない。なにしろ多良間踊りの足裁きはつま先を曲げたり、独特のものだ。最後はキーグと言うらしい。本村氏ともう一人が棒を持ち、交差させたまま歩く。舞台を一周して終わり。こちらの方は多良間出身者だけに落ち着いて見ていられる。キーグは演技が終わるごとに一周する。4回ほど出番があったようだ。
踊りは夕方も行われる。スタッフ(と聞こえた)の方から、「夕方もお願いしますよ」、と声をかけられた。有難い話だ。「無形文化財」の私としては、次の舞台までの間に、先ほどの反省をし、芸を磨き?、名人芸を披露しなければならない。しかしながら台風は去り、飛行機の便は回復している。「来年また出ます」、そう胸に誓って多良間を後にした。
スタッフは支度のこと。8月踊りの企画運営はカンジン座(経理)、スタフ座(支度座)、羽踊り座、組座、ズーニン座(地謡座)、獅子座、芝座、狂言座の8つの組織が分担している。
多良間島が見えてきた。飛行機が高度を下げ、車輪が出てきた。台風の猛烈な雨が、黒いタイヤを濡らし、しぶきを叩き付けている。揺れが激しくなる。すると飛行機は脚を引っ込め、また上昇を始めた。おーい、やはり宮古島へ引返すつもりか。5分後、舞い戻って無事に着陸。乗客はわが文化経済フォーラムの一行9人を除けば島民ばかり。この日はフェリーは欠航、飛行機も飛ばなかった。
前日のこと。同行したフォーラムメンバーと協議。台風が接近している。明日飛んで帰って来れなかったどうしよう、行くべきか行かざるべきか、ザットイズザクエスチョン(それが問題だ)。とハムレットのような悩みを全員で口にした。激しい雨が窓を叩き、重苦しい雰囲気。多良間島出身のフォーラム会員・本村氏が言った。「皆様が行かなくても、私は行きます。行かなければ男がすたる。」このサプライズ発言に、全員が雷に撃たれたようなショック。実際に窓の外では稲光も炸裂していたようだ。この言葉で多良間行き決定。ところが次の日、本村氏は「そんなこと言いましたか」。全員二度目のショック。
黒い雲が動き、時々激しい雨が降る。遠くから三線の音が聞こえてくる。仲筋の舞台稽古だ。中央に30代後半と思える男性が座って謡いのような調子で言葉を発している。明日は仲宗根豊見親に扮する予定の男性だ。だが今は青い作業服。重々しい声が響く。
「与那国の鬼虎は己の武勇を頼み、王命にそむき、悪欲をほしいままにしている輩である。尚真王より名刀冶金丸をいただき拝命したので、早急に村々の豊見親勢を糾合し、与那国征伐の謀をせねばならぬ。」
村の文化財保護委員会がまとめた「たらましまの八月おどり」によれば、これは1522年のこと。鬼虎は過酷な穀税に反発し、義兵をあげた。時に25歳。豪勇をもってなり、島の首長であった。与那国征伐に向かった仲宗根勢は1200人。二人の美女と酒で鬼虎をおびきよせ首を斬ってしまう。これではどちらが「悪逆無道」か分からない。しかし歴史は常に勝者の側だ。周りには古老たちが泡盛を飲みながら鑑賞。「足の位置が違う」などと演技に注文を付けている。
次の日、残念ながら仲筋の踊りは台風で中止。こちらも一日飲み会に切り替わる。
翌日は塩川の踊りだ。準備OKを告げる三線の響きが島内に流れる。ウキウキした気分になる。舞台のあるピトゥマタ御願所へ行くと、強風で葉っぱが座席に散乱している。片付けてやや時間遅れでスタートすることになった。その時本村氏より再びサプライズ発言。「先生、人が足りないから出ませんか」。私のモットーは「幸運の女神は前髪をつかめ」「君子危うきに近寄る」「火中の栗は拾う」。チャンスもリスクも合わせ飲む豪放磊落な性格、と言えば聞こえは良いが要するにおっちょこちょい。「出ます、出ます」と二つ返事。本村氏は20年ぶりの帰島らしい。練習で舞台を回っていると、観客から「あれはオーギイの息子か?」と声が上がる。オーギイとは青髭のこと。黒い髭の山羊を父上が島に持ち込んだ。村人は、黒を青と呼んでアオギイ→オーギイという屋号になったそうだ。
塩川の踊りはまず獅子が舞い踊る。その後、俵かつぎと呼ばれる場面。豊年を祈願して俵、大芋、酒壷を持った面々が登場する。私は鉢巻を巻き、着物を着て、長いウージ(砂糖キビ)を持った。舞台の袖で待機した私の姿を見て、中野氏が笑っている。文化経済フォーラム事務局長で多良間ツアーの企画者だ。腹が出すぎて着物が合わず、出演のチャンスを逃した。惜しい。この踊りは国指定の重要無形民俗文化財なのだ。出演者は全て無形文化財として、年金が毎月50万円保証される、という噂だ。(信じてはいけませんよ)
出番が来た。私の後ろにいるフォーラム会員の小林氏も急遽頼まれたエキストラ、その後ろも茨城から来た獣医さん。全員が多良間も八月踊りも初めて。素人集団が先頭に合わせて左足を30㎝ほど上げる、そして1、2、3、4。再び足をあげて同じように進む。足の運びが間違っているのかもしれない。なにしろ多良間踊りの足裁きはつま先を曲げたり、独特のものだ。最後はキーグと言うらしい。本村氏ともう一人が棒を持ち、交差させたまま歩く。舞台を一周して終わり。こちらの方は多良間出身者だけに落ち着いて見ていられる。キーグは演技が終わるごとに一周する。4回ほど出番があったようだ。
踊りは夕方も行われる。スタッフ(と聞こえた)の方から、「夕方もお願いしますよ」、と声をかけられた。有難い話だ。「無形文化財」の私としては、次の舞台までの間に、先ほどの反省をし、芸を磨き?、名人芸を披露しなければならない。しかしながら台風は去り、飛行機の便は回復している。「来年また出ます」、そう胸に誓って多良間を後にした。
スタッフは支度のこと。8月踊りの企画運営はカンジン座(経理)、スタフ座(支度座)、羽踊り座、組座、ズーニン座(地謡座)、獅子座、芝座、狂言座の8つの組織が分担している。
Posted by おさむちゃん at 12:23│Comments(1)
この記事へのコメント
初めてコメントさせていただきます。
ヤマトーンチュの梅崎と申します。
「オーギイとは青髭のこと。黒い髭の山羊を父上が島に持ち込んだ。村人は、黒を青と呼んでアオギイ→オーギイという屋号になったそうだ」との一文を拝読いたしました。
ひとつご意見をうかがいたくメールいたしました。
今帰仁村に「やちまーいぬオーギー」という名馬の
伝説が残っております。今帰仁村史はこの馬名を「
焼け残りの栗毛」と訳しましたが、オーは青、ギー
は毛という意味なので、「焼け残りの青毛」と訳した
ほうがいいのではと考えております。ご意見を賜れれ
ば幸いです。
ヤマトーンチュの梅崎と申します。
「オーギイとは青髭のこと。黒い髭の山羊を父上が島に持ち込んだ。村人は、黒を青と呼んでアオギイ→オーギイという屋号になったそうだ」との一文を拝読いたしました。
ひとつご意見をうかがいたくメールいたしました。
今帰仁村に「やちまーいぬオーギー」という名馬の
伝説が残っております。今帰仁村史はこの馬名を「
焼け残りの栗毛」と訳しましたが、オーは青、ギー
は毛という意味なので、「焼け残りの青毛」と訳した
ほうがいいのではと考えております。ご意見を賜れれ
ば幸いです。
Posted by 梅崎 晴光 at 2012年09月18日 12:34